GRAM

2007/10/13

Underworld // Oblivion with Bells

昨日の日記とは打って変わり、ダンス/クラブ/テクノミュージックの大御所Underworldの5年ぶりの新作『Oblivion with Bells』について。これは本当に素晴らしい作品。前作の「Two Months Off」のようなキャッチーな曲を期待していたんだけど、それは実に良い方向に裏切られた。

本作は非常に奥が深い。

とにかく聴いてみろ!っていうのは、1曲目「Crocodile」から2曲目「Beautiful Burnout」への、継ぎ目なしの2曲。Underworldらしさ全開、カラフルでやや明るいメロディの「Crocodile」から、クロスフェード する形で入って来るメランコリックな「Beautiful Burnout」の合計14分間は非常に劇的だ。特に「Beautiful Burnout」の4分30秒からの静寂、そして再び複雑なリズムを刻み出すエンディングは総毛立つような美しさで、アルバムを再生し始めてたった10分少々でクライマックスを迎えたかのような感動がある。

この2曲に関しては分離して聞くことが僕には出来なくて、1曲であるかのように必ず連続で聞いている。お恥ずかしいことに、実は僕は最初「Crocodile」は非常に長い壮大な曲なのだと思っていた。そのくらい、この展開は計算されているように思う。


今回は全体にメランコリックな曲が多いと思う。というより、アップテンポな曲が殆ど見られない。それだけに最初は面白みを感じることが難しいが、聴けば聴くほどに染み渡ってくる深い作品になっているように思う。そのアルバムタイトル、アートワークとともに、Underworldの真骨頂を感じさせる作品に思えた。

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話は全く逸れるが、「総毛立つ」は「鳥肌」同義で、通常ネガティブな表現だ。「総毛立つほどの感動」「鳥肌が立つほどの感動」は本来、日本語としておかしい。が、近年はごく普通に利用される表現だ。「総毛立つ感動」などでネットを検索すれば、そのことについて嘆く/批判する文章もゴロゴロ出てくる。

僕は国語に疎く、言語について真面目な勉強などしたこともないが・・・ 感動という精神の変化に対して身体が示した反応を、「総毛立つ」という言葉が上手く言い表しているからこそ、それは流行っているのだと思う。「手に汗握る」感動とも「涙が止まらない」感動とも違うからこそ使われる表現だ。「筆舌に尽くしがたい」と表現をあきらめるより、より明確な感情を伝えていると思う。

言語は文化や風潮の影響を受けて成立していく。新たな表現の誕生、ただそれだけのことだと思う。だから僕は、本来の意味に反していることを知りながらこの表現を用いる。

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